郎の頭にはもうその区別が付かなくなってきた。どう考えても衣笠が今頃ここへ来る筈がない。それがやはり玉藻であるらしく思われてきたので、彼はもう一度その正体を見極めたくなって、大胆に再びそのあとを追おうとすると、彼の踏み出した足はたちまち引き戻された。何者にか、その袖をしっかりと掴まれているのであった。
「千枝太郎、待ちゃれ」
それが師匠の声であることは、この場合にもすぐに覚えられたので、彼はあわてて捻じ向くと、自分の袖を掴んでいるのは兄弟子の泰忠であった。そのそばには播磨守泰親も立っていた。
「千枝太郎。あっぱれの働きをしてくれた」と、泰親は自分の足もとにひざまずいている弟子をみおろしながら言った。「もう追うには及ばぬ。正体はたしかに見とどけた。お身の訴えを泰忠から聴いて、泰親自身で様子を探りにまいった。よう教えてくれた。かたじけないぞ。これで正体もみな判った」
師匠はひどく満足したらしい口吻《くちぶり》であるが、弟子にはそれがよく判らなかった。千枝太郎は怖るおそる訊いた。
「して、あの車のぬしは何者でござりましょう」
「お身の眼にはなんと見えた。あれは紛《まぎ》れもない玉藻じゃ」
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