られて、小町の水という清水が湧いていた。二人はその冷たい清水をすくって、息もつかずに続けて飲んだ。
「千枝ま[#「ま」に傍点]よ。夜が更けた。もう戻ろう。しょせん今夜のことには行くまい」と、翁は寒そうに肩をすくめながら言った。
「じゃが、もう少し探してみたい。爺さま、ここらに狐の穴はないか」
「はて、執念《しゅうね》い和郎じゃ。そうよのう」
 少し考えていたが、翁は口のまわりを拭きながらうなずいた。
「おお、ある、ある。なんでもこの小町の水から西の方に、大きい杉の木の繁った森があって、そこにも狐が棲んでいるという噂じゃ。しかし迂闊にそこへ案内はならぬ。はて、なぜというて、その森の奥には、百年千年の遠い昔に、いずこの誰を埋めたとも知れぬ大きい古塚がある。その塚のぬしが祟《たた》りをなすと言い伝えて、誰も近寄ったものがないのじゃ」
「そりゃ塚のぬしが祟るのでのうて、狐が禍《わざわ》いをなすのであろう」と、千枝松は言った。
「どちらにしても、祟りがあると聞いてはおそろしいぞ」と、翁はさとすように言った。
「いや、おそろしゅうても構わぬ。わしは念晴らしに、その森の奥を探ってみる」
 千枝松は鉈
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