まあ、急《せ》くな。野良狐めが巣を食っているところはこのあたりにたくさんある。まず手近の森から探してみようよ」
 翁は内へ引っ返して小さい鎌と鉈《なた》とを持ち出して来た。畜生めらをおどすには何か得物《えもの》がなくてはならぬと、彼はその鉈を千枝松にわたして、自分は鎌を腰に挟んだ。そうして、田圃を隔てた向こうの小さい森を指さした。
「お前も知っていよう。あの森のあたりで時どきに狐火が飛ぶわ」
「ほんにそうじゃ」
 二人は向こうの森へ急いで行った。落葉や枯草を踏みにじって、そこらを隈なく猟《あさ》りあるいたが、藻の姿は見付からなかった。二人はそこを見捨てて、さらにその次の丘へ急いだ。千枝松は喉《のど》の嗄《か》れるほどに藻の名を呼びながら歩いたが、声は遠い森に木谺《こだま》するばかりで、どこからも人の返事はきこえなかった。それからそれへと一|※[#「※」は「日へんに向」、読みは「とき」、26−16]《とき》ほども猟りつくして、二人はがっかりしてしまった。気がついて振り返ると、どこをどう歩いたか、二人は山科郷のうちの小野という所に迷って来ていた。ここは小野小町《おののこまち》の旧蹟だと伝え
前へ 次へ
全285ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング