うに眼を伏せて黙っていた。
「そりゃ銘々の勝手じゃで、わしらの構うたことではないが、お前知っていやるか。この頃の藻の様子がどうも日頃とは違うている。現にこのあいだの夜もお前や爺さまにあれほどの世話を焼かせて、その明くる朝ゆき逢うても碌々に会釈もせぬ。今までのおとなしい素直な娘とはまるで人が違うたような。のう、爺さま」
人の好い翁は隣りの娘の讒訴《ざんそ》をもう聞き飽きたらしい。ただ黙ってにやにや笑っていた。その罪のない笑顔と、意地悪そうな婆の皺づらとを見くらべながら、千枝松はやはり黙って聞いていると、婆は更に唇をそらせて、そのまだらな歯をむき出した。
「まだそればかりでない。わしは不思議なことを見た。おとといの宵に隣り村まで酒買いにゆくと、そこの川べりの薄《すすき》や蘆《あし》が茂ったなかに、藻が一人で立っていた。立っているだけなら別に子細もないが、片手に髑髏《されこうべ》を持って、なにやら頭の上にかざしてでもいるような。わしも薄気味が悪うなって、そっとぬき足をして通り過ぎた」
その髑髏はかの古塚から抱えてきたものに相違ないと千枝松はすぐに覚ったが、藻がいつまでもそれを大切に抱えていて、なぜそんな怪しい真似をしていたのか、それは彼にも判らなかった。
「わしもその後しばらく藻に逢わぬが、毎晩そのようなことをしているのであろうか」と、千枝松は心もとなげに婆に訊いた。
「わしも知らぬ。わしの見たのはただ一度じゃ。なぜそのようなことをしていたのか、お前逢うたらきいてお見やれ」
「はは、なんのむずかしく詮議することがあろうか」と、翁は急に笑い出した。「宵の薄暗がりで婆めが何か見違えたのじゃ。さもなくば、人の見ぬ頃をはかって、そこらの川へ捨てに行ったのであろう。髑髏を額にかざして冠《かんむり》にもなるまいに。ははははは」
むぞうさに言い消されて、婆は躍気《やっき》となった。彼女は手真似をまぜてその時のありさまを詳しく説明した。その間に彼は幾たびか柴の煙りにむせた。
「なんの、わしが見違えてよいものか。藻はたしかに髑髏を頭に頂いていたのじゃ」
「こりゃじい様のいう通り、なにかの見違えではあるまいかのう」と、千枝松は不得心らしい顔をして側から喙《くち》をいれた。
左右に敵を引き受けて、婆はいよいよ口を尖らせた。
「はて、お前らは見もせいで何を言うのじゃ。わしはその場へ通りあ
前へ
次へ
全143ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング