ように赤く染めた。遠くから覗いている千枝松の頬までが焦《こ》げるように熱くなってきた。火が十分燃えあがるのを見とどけて、藻に似た女は持っている唐団扇をたかく挙げると、それを合図に耳もつぶすような銅鑼《どら》の音が響いた。千枝松はまたびっくりして振り向くと、鬚《ひげ》の長い男と色の白い女とが階段の下へ牽き出されて来た。かれらも天竺の囚人のように、赤裸の両手を鉄の鎖につながれていた。
千枝松はぞっとした。銅鑼の音はまた烈しく鳴りひびいて、二人の犠牲《いけにえ》は銅の柱のそばへ押しやられた。千枝松は初めて覚った。油を塗った柱に倚りかかった二人は、忽ちにからだを滑らせて地獄の火坑にころげ墜ちるのであろう。彼はもう堪まらなくなって眼をとじようとすると、階段の下に忙がわしい靴の音がきこえた。
今ここへ駈け込んで来た人は、身の長《たけ》およそ七尺もあろうかと思われる赭《あか》ら顔の大男で、黄牛《あめうし》の皮鎧に真っ黒な鉄の兜をかぶって、手には大きい鉞《まさかり》を持っていた。彼は暴れ馬のように跳って柱のそばへ近寄ったかと思うと、大きい手をひろげて二人の犠牲を抱き止めた。それをさえぎろうとした家来の二、三人はたちまち彼のために火の坑へ蹴込まれてしまった。彼は裂けるばかりに瞋恚《いかり》のまなじりをあげて、霹靂《はたたがみ》の落ちかかるように叫んだ。
「雷震《らいしん》ここにあり。妖魔亡びよ」
鉞をとり直して階段を登ろうとすると、女は金鈴を振り立てるような凛とした声で叱った。大勢の家来どもは剣をぬいて雷震を取り囲んだ。坑の火はますます盛んに燃えあがって、広い宮殿をこがすばかりに紅く照らした。その猛火を背景にして、無数の剣のひかりは秋のすすきのように乱れた。雷震の鉞は大きい月のように、その叢《むら》すすきのあいだを見えつ隠れつしてひらめいた。
藻に似た女は王にささやいてしずかに席を起った。千枝松はそっとあとをつけてゆくと、二人は手をとって高い台《うてな》へ登って行った。二人のあとをつけて来たのは千枝松ばかりでなく、鎧兜を着けた大勢の唐人どもが弓や矛《ほこ》を持って集まって来て、台のまわりを忽ち幾重《いくえ》にも取りまいた。そのなかで大将らしいのは、白い鬢髯《びんひげ》を鶴の毛のように長く垂れた老人であった。千枝松は老人のそばへ行ってこわごわ訊いた。
「ここはなんという所でござ
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