使ひ廻してゆく親方株になりましたので、こゝの家へもわたくしの家へも出入りをするやうになりました。さういふ縁がありますので、わたくし共の家で壁をぬり換へる時に、叔父にその仕事をたのみますと、叔父は職人を毎日よこしてくれまして、自分もとき/″\に見廻りに来ました。そこで、ある日の昼飯にうなぎの蒲焼を取寄せて出しますと、叔父は俄かに顔の色を変へて、いや鰻は真平だ。早くあつちへ持つて行つてくれと云ふのです。これが普通の職人ならば、うなぎの蒲焼などを食はせる訳もないのですが、職人と云つても叔父の事ですから、わたくし夫婦も気をつけてわざ/\取寄せて出したのに、見るのも忌だと云はれると、こつちもなんだか詰らないやうな気にもなります。殊に家内は女のことですから、すこし顔の色を悪くしたので、叔父も気の毒になつたらしく、これには訳のあることだから堪忍してくれ。兎も角も江戸の職人をしてゐて、鰻が嫌ひだなどといふのは可笑しいやうだが、おれは鰻を見ただけでも忌な心持になる。と云つたばかりでは判るまい。まあ斯ういふわけだと、叔父が自分のわかい時の昔話をはじめたのです。」
 有年の叔父は吉助といふのであるが、屋敷を
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