るのと、今夜は馬琴が来るといふのとで、有年も遠慮なしにたづねて来て、その団欒に這入つたのである。
 馬琴は元来無口といふ人ではない。自分の嫌ひな人間に対して頗る無愛想であるが、こゝろを許した友に対しては話はなか/\跳《はず》む方であるから、三人は火鉢を前にして、冬の夜の寒さを忘れるまでに語りつゞけた。そのうちに何かの話から主人の※[#「さんずい+(廣−广)」、第3水準1−87−13]南はこんなことを云ひ出した。
「御存知かしらぬが、先頃ある人からこんなことを聴きました。日本橋の茅場町に錦とかいふ鰻屋があるさうで、そこの家では鰻や泥鰌《どぜう》のほかに泥亀《すつぽん》の料理も食はせるので、なか/\繁昌するといふことです。その店は入口が帳場になつてゐて、そこを通りぬけると中庭がある。その中庭を廊下づたひに奥座敷へ通ることになつてゐるのですが、こゝに不思議な話といふのは、その中庭には大きい池があつて、そこに沢山のすつぽんが放してある。天気のいゝ日にはそのすつぽんが岸へあがつたり、池のなかの石に登つたりして遊んでゐる。ところで、客がその奥座敷へ通つて、うなぎの蒲焼や泥鰌鍋をあつらへた時には、か
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