から、馬琴には友人といふものが極めて少い。ことに平生から出不精を以て知られてゐる彼が十一月――この年は閏年であつた。――の寒い夜に湯島台までわざわざ出かけて行つたくらゐであるから、※[#「さんずい+(廣−广)」、第3水準1−87−13]南とはよほど親密にしてゐたものと察せられる。酒を飲まない馬琴はすぐに飯の馳走になつた。灯火の下で主人と話してゐると、外では風の音が寒さうにきこえた。ふたりのあひだには今年の八月に仕置になつた、鼠小僧の噂などが出た。
そこへ恰も来あはせたのは、かの鈴木有年であつた。有年は実父の喪中であつたが、馬琴が今夜こゝへ招かれて来るといふことを知つてゐて、食事の済んだ頃を見はからつて、わざと後れて顔を出したのであつた。かれの父は伊勢の亀山藩の家臣で下谷の屋敷内に住んでゐたが、先月の二十二日に七十二歳の長寿で死んだ。かれはその次男で、遠い以前から鈴木家の養子となつてゐるのであるが、兎も角もその実父が死んだのであるから、彼は喪中として墓参以外の外出は見あはせなければならなかつた。併しこの※[#「さんずい+(廣−广)」、第3水準1−87−13]南の家はかれの親戚に当つてゐ
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