ることがある。清の話を聴きながら、僕はすぐに赤海亀を思い出した。彼も美智子も一種の錯覚か妄覚にかかって、浪のあいだから首を出した大きい海亀を見あやまって、人の顔だとか人魚だとか騒いだのだろうと想像した。果して彼はうなずいた。
「むむ、海亀……。そう気がつくまでは、美智子さんばかりでなく、僕も人の顔だと思ったのだ。君だってその場にいたら、きっと人の顔……すなわち人魚があらわれたと思うに相違ないよ。美智子さんは人魚だ人魚だと言う。僕も一旦そう信じて、驚異の眼をみはって見つめていると、人の顔はやがて浪に沈んだかと思うと、また浮き出した。さあ、大変……。僕の驚異はにわかに恐怖に変ったのだ。多年ここらの海に出ているものでも、おそらく僕たちのような怖ろしい目に出逢ったものはあるまい。」
 彼は戦慄に堪えないように身をふるわせた。

     三

 今までは清も僕もしずかにあるきながら話して来たのだが、話がここまで進んで来ると、彼はもう歩かれなくなったらしい。路ばたに立ちどまって話しつづけた。
「君は海亀だろうと無雑作《むぞうさ》にいうが、その海亀がおそろしい。僕も一時の錯覚から眼が醒めて、人魚の
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