。それは「西洋話日本写絵」という六幕十五場の長編で黙阿弥が七十二歳の作である。勿論、黙阿弥一人の筆に成ったのではなく、門下の新七や其水も手伝ったのであろうが、七十二歳にしてこの作あり、その後にも「加賀鳶」「渡辺崋山」「花井お梅」その他の長編を続々発表しているのを見ても、黙阿弥の老健が思いやられる。外国の例はしばらく措き、日本でも近松といい、南北といい、黙阿弥といい、いずれも筆を執っては老健無比、まことに畏るべきである。
この「西洋話」は円朝の「英国孝子伝」を脚色したもので、原作はやはり若林坩蔵の速記本として、かの「牡丹燈籠」などと同様、日本紙綴じの分冊として発行されたのである。したがって番附のカタリの中にも「若林坩蔵子が速記法にて綴りし絵本を、初席の種に仕組みし新狂言」と記してある。この時代には「速記法」などという名称が耳新しく感じられたのであった。英国の小説を福地桜痴居士が円朝に口授し、それに拠って円朝が翻案したもので、外国種だけに明治時代の話になっている。その主人公の孝子ジョン・スミスを清水重次郎という名で市川小団次が勤めた。小団次は晩年あまり振わなかったが、その当時は新富座の花
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