小道具入り)をさげ、客の荷物を負ふ連尺《れんじゃく》を細帯にて手軽に付け、鉈作りの刀をさし、手造りのわらじを端折り高くあらはしたる毛脛の甲まで巻き付けたる有様は、磯之丞とは思はれぬ人物なり。」とある。磯之丞という名を聞いて不安心に思っていると、熊のような大男が現われたので、大いに安心したというのも面白い。殊にその磯之丞の人品や服装について、精細の描写をしているのを見ても、円朝の観察眼に敬服せざるを得ない。この磯之丞はよほど円朝の気に入ったと見えて、塩原多助の話の中にもそのまま取り入れてある。
この山越しは頗る難儀であったばかりでなく、かの磯之丞の話によると、熊が出る、猪が出る。殊にうわばみが出るというので、供の伝吉はおどろき恐れて中途から引き返そうと云い出したが、円朝は勇気を励まして進んだ。紀行には「何業も命がけなりと胸を据ゑ」とある。わが職業については一身を賭《と》する覚悟である。この紀行の一編、読めば読むほど敬服させられる点が多い。
小川村という所まで行き着かず、途中の温泉宿に泊まる。ここにも山の湯の宿屋の光景について精細の描写がある。温泉は河原の野天風呂で、蛇が這い込んで温ま
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