お冬はやはり啜り泣きをしている。そのいたましい姿を和吉はしばらく無言でじっと眺めていたが、やがて庭に降り立つ。)
[#ここで字下げ終わり]
和吉 じゃあ。きっと大事におしよ。
お冬 あい。(泣きながら。)おまえさんの親切は忘れませんよ。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(和吉は行きかけて躊躇し、また思い切って縁先へ引っ返して来る。この時、下のかたの八つ手のかげより半七がそっと姿をあらわし、和吉とお冬の様子をうかがいて再び隠れる。)
[#ここで字下げ終わり]
和吉 (あと先を見返りながら。)お冬どん……お冬どん。
お冬 え。どうかしたの。
和吉 (縁に腰をおろす。)いっそ何んにも云わずにしまおうかと思ったのだが、それではやっぱり気が済まない。(声をうるませる。)わたしは思い切って何もかもおまえの前で白状するから、どうぞ落着いて聴いておくれ。いいかえ。びっくりしないで聴いておくれよ。いいかえ。
お冬 (不審そうに。)そんなに念を押してどんなことを話すの。
和吉 どんなことと云って……。(だんだんに興奮して。)さあ、それだからびっくりしないで聴いてくれというのだ。これ、お冬どん
前へ 次へ
全64ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング