ほんとうに腹を切った……。そ、それはどういう訳だ。ええ、誰かはっきりと口を利かないか。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(今まで黙っていた和吉進みいず。)
[#ここで字下げ終わり]
和吉 それはこういうわけでございます。みな様方も御覧の通り、六段目の幕があきまして、腹切りまでは滞りなく済みましたが、若旦那の勘平が刀を腹へ突っ込んで、手負いの台詞《せりふ》になってから、何だか様子がおかしくなったのでございます。
与兵衛 むむ。その手負いになってから、なおさら出来がいいと皆んなも褒めていたのだ。
和吉 その手負いの台詞まわしや思《おもい》入れが稽古の時よりよっぽど念入りだとは思いましたが、ふだんから芝居上手の若旦那のことでございますから、大勢の見物を前に控えて、一倍気を入れてやっているのかと思って居りますと、どうもそれがだんだんおかしくなって来るので、わたくし達も不思議に思いました。
伊之助 わたしもそばで見ていながら、どうも様子が変だとは思いましたが、まさかこんなこととは夢にも気が付きませんでした。
三蔵 そのうちに角さんは倒れたままで起きないので……。
和吉 (ひったくる
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