鉄の大きい天水桶もある。軒には和泉屋と染めた紺暖簾がかかっている。下のかたには町家がつづいて見える。
[#ここで字下げ終わり]
(第二幕とおなじ日の午頃。店の帳場には四十歳以上の大番頭伝兵衛が帳面を繰っている。ほかに番頭弥助、三十二三歳。おなじく和吉、二十四五歳。いずれも帳面をならべて十露盤《そろばん》をはじいている。若い者庄八と長次郎は尻を端折って店さきに出で、小僧三人に指図して、五徳や火箸のたぐいを縄でくくらせている。)
庄八 さあ、さあ、早くしろ。
長次郎 午飯《ひるめし》までに片附けてしまわなければならないのだ。
小僧一 これをみんな土蔵のなかへ運び込むんですかえ。
庄八 おなじことを幾度も聞くな。長どんのいう通り、これを片附けてしまわないうちは、誰にも午飯を食わせないぞ。
小僧二 この火箸は馬鹿に重いんですね。
長次郎 鉄で出来ているから重いのは当りまえだ。苧殻《おがら》の箸じゃあねえ。その積りでしっかり持て。
小僧三 餓鬼に苧殻ならいいが、餓鬼に鉄棒《かなぼう》を持たせるのだから遣り切れねえ。
庄八 生意気なことをいうな。ぐずぐずしていると、なぐり付けるぞ。
小僧一 やれ
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