おくめ 御苦労さまですね。
幸次郎 この師匠の家《うち》はたしか下谷だったね。それなら遠い旅でもねえ。さあ、行きやしょう。
おくめ 兄さん、さよなら。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(おくめと幸次郎が附添いて文字清を送ってゆく。半七は縁に出で、池の鯉に麩を出してやりながらじっと考えている。奥より亀吉いず。)
[#ここで字下げ終わり]
亀吉 親分。飛んでもねえ気ちげえに取っ捉まって、ひどい目に逢いなすったね。(笑いながら茶碗などを片附ける。)陽気がだんだんぽか付いて来ると、ああいうのが殖えて来るものだ。
半七 そうは云うものの半気ちげえになるのも無理はねえ。考えてみりゃあ可哀そうなものだ。なんとかして早く埒をあけてやりてえものだ。
亀吉 和泉屋の息子はとうとう死んだそうですね。
半七 それだからいよいよ打っちゃっては置かれねえ。
亀吉 芝居の六段目がほんとうの六段目になったのは不思議さね。
半七 不思議といえば不思議だな。
亀吉 あの師匠の云うのはほんとうだろうか。
半七 おめえはどう思う。
亀吉 そりゃあ判らねえ。だが、あんなに半気ちげえになっているのを見ると、まんざら
前へ 次へ
全64ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング