(与兵衛に。)まあ、おまえさん。そんなことを云っているよりも、早く角太郎の手当てをしてやったらどうです。なんだか息づかいがだんだんにおかしくなるじゃありませんか。
与兵衛 (気がついて。)むむ、うかうかしてはいられない。これ、医者を呼びにやったか。
庄八 はい。さっきから二度も呼びにやりました。
おさき 呼びにやったらすぐに来てくれそうなものだがねえ。手間が取れるようならほかのお医者を呼んでおいでよ。ぐずぐずしていると、間にあわないじゃあないか。
与兵衛 誰でもかまわないから、すぐに来てくれる医者を呼んで来い。三人でも五人でも十人でも一度に呼んで来い。早くしろ。早くしろ。なにをぼんやりしているのだ。
店の者 はい、はい。行ってまいります。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(若い者のひとりは下のかたへ駈けてゆく。)
[#ここで字下げ終わり]
与兵衛 ああ、こうと知ったら今年の初午などはいっそ止めればよかった。
おさき 初午もお祭だけにして、芝居などをしなければよかったのでしたねえ。
与兵衛 それも角太郎が先立ちになって騒ぎはじめたのだ。(角太郎を覗いて。)ああ、どうもだんだんに様子が悪くなるようだ。庄八、今度はおまえが行って医者をさがして来い。
庄八 はい、はい。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(庄八は起って行こうとする時、下のかたにて案内の声がきこえる。)
[#ここで字下げ終わり]
長次郎 どうぞこれへお通りください。
おさき おお、いい塩梅《あんばい》にお医者が来たらしい。
与兵衛 医者が来たか、来たか。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(下のかたより以前の長次郎が先に立ち、岡っ引の半七を案内していず。)
[#ここで字下げ終わり]
庄八 おや、お医者ではないようだぞ。
与兵衛 長次郎。ここへ御案内して来たのはどなただ。
長次郎 三河町の親分でございます。
与兵衛 三河町の親分……。
半七 (丁寧に会釈《えしゃく》する。)へえ。御取込みの最中へ飛び込んでまいりまして、とんだ御邪魔をいたします。わたくしは神田の三河町に居りまして、お上の十手をあずかっている半七と申す者でございます。
与兵衛 (おなじく丁寧に。)おお。では、お前さんがかねてお名前を聞いている三河町の半七親分でございましたか。わたくしはこの和泉屋の主人与兵衛でご
前へ
次へ
全32ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング