寄って、うしろからその兜の天辺《てっぺん》へ斬りつけた者があった。
男はあっ[#「あっ」に傍点]と驚いたが、もう振り返ってみる余裕もないので、半分は夢中で半|町《ちょう》あまりも逃げ延びて、路ばたの小さい屋敷へかけ込んだ。その屋敷は邦原家で、そのころ祖父の勘十郎は隠居して、父の勘次郎が家督を相続していたが、まだ若年《じゃくねん》で去年ようよう番入りをしたばかりであるから、屋敷内のことはやはり祖父が支配していたのである。小身《しょうしん》ではあるが、屋敷には中間《ちゅうげん》二人を召使っている。
兜をかぶった男は、大きい銀杏《いちょう》の木を目あてに、その屋敷の門前へかけて来たが、夜はもう五つ(午後八時)を過ぎているので、門は締め切ってある。その門をむやみに叩いて、中間のひとりが明けてやるのを待ちかねたように、彼は息を切ってころげ込んで来て、中の口――すなわち内玄関の格子さきでぶっ倒れてしまった。
兜をかぶっているので、誰だかよく判らない。他の中間も出てきて、まずその兜を取ってみると、彼はこの屋敷へも出入りをする金兵衛という道具屋であった。金兵衛は白山前町《はくさんまえまち》に店を
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