影や道陸神《どうろくじん》、十三夜のぼた餅《もち》――
ある者は自分の影を踏まうとして駈《か》けまはるが、大抵は他人の影を踏まうとして追ひまはすのである。相手は踏まれまいとして逃げまはりながら、隙《すき》をみて巧みに敵の影を踏まうとする。また横合《よこあい》から飛び出して行つて、どちらかの影を踏まうとするのもある。かうして三人五人、多いときには十人以上も入《い》りみだれて、地に落つる各自《めいめい》の影を追ふのである。勿論《もちろん》、すべつて転ぶのもある。下駄《げた》や草履《ぞうり》の鼻緒を踏み切るのもある。この遊びはいつの頃から始まつたのか知らないが、兎《と》にかくに江戸時代を経て、明治の初年、わたし達の子どもの頃まで行はれて、日清戦争の頃にはもう廃《すた》つてしまつたらしい。
子ども同士がたがひに影を踏み合つてゐるのは別に仔細《しさい》もないが、それだけでは面白くないとみえて、往々にして通行人の影をふんで逃げることがある。迂闊《うかつ》に大人の影を踏むと叱《しか》られる虞《おそ》れがあるので、大抵は通りがかりの娘や子供の影を踏んでわつと囃《はや》し立てゝ逃げる。まことに他愛の
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