えて幸福に暮らしてくれという意味を簡単にしたためてあるばかりで、現在の住所などはしるしてありません。あいにくに又そのスタンプがあいまいで、発信の郵便局もはっきりしないのです。勿論、その発信地へたずねて行ったところで、本人がそこにいる筈もありませんが――。
北千住を立去ってから半年過ぎた後に、なぜ突然にこんな手紙をよこしたのか、それも判りません。奇怪な因縁で鰻に呪われているという、その子細も勿論わかりません。なにか心当りはないかと、兄の夏夫さんに聞合せますと、兄もいろいろかんがえた挙げ句に、唯一つこんなことがあると言いました。
「わたし達の子供のときには、本郷の××町に住んでいて、すぐ近所に鰻屋がありました。店先に大きい樽《たる》があって、そのなかに大小のうなぎが飼ってある。なんでも秋夫が六つか七つの頃でしたろう、毎日その鰻屋の前へ行って遊んでいましたが、子供のいたずらから樽のなかの小さい鰻をつかみ出して逃げようとするのを、店の者に見つけられて追っかけられたので、その鰻を路ばたの溝《どぶ》のなかへほうり込んで逃げて来たそうです。それが両親に知れて、当人はきびしく叱られ、うなぎ屋へはいく
前へ
次へ
全34ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング