でも困っている所なので、ともかくも承知して使ってみるとなかなかよく働く。名は新吉という。何分にも目見得《めみえ》中の奉公人で、給金もまだ本当に取りきめていない位であるから、その身許などを詮議している暇もなかったというのです。
それを聞いて、わたくしはがっかりしてしまいました。松島さんもいよいよ残念がりましたが、どうにもしようがありません。二人は寒い風に吹かれながらすごすごと帰って来ました。
しかし、これで浅井秋夫という人間がまだこの世に生きているということだけは確かめられましたので、わたくし共も少しく力を得たような心持にもなりました。生きている以上は、また逢われないこともない。いったんは姿をかくしても、ふたたび元の店へ立戻って来ないとも限らない。こう思って、その後も毎月一度ずつは北千住の鰻屋へ聞合せに行きましたが、片眼の職人は遂にその姿を見せませんでした。
こうして、半年も過ぎた後に、松島さんのところへ突然に一通の手紙がとどきました。それは秋夫の筆蹟で、自分は奇怪な因縁で鰻に呪われている。決して自分のゆくえを探してくれるな。真佐子さん(わたくしの名でございます)は更に新しい夫を迎
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