でございました。時候はやはり五月のはじめで、同じことを毎度申すようですが、川の岸では蛙がそうぞうしく啼いていました。
滞在は一週間の予定で、その三日目の午後、やはりきょうのように陰っている日でございました。午前中は近所を散歩しまして、午後は川に向った二階座敷に閉じこもって、水の音と蛙の声を聞きながら、新夫婦が仲よく話していました。そのうちにふと見ると、どこかの宿屋の印半纏を着た男が小さい叉手網《さであみ》を持って、川のなかの岩から岩へと渡りあるきながら、なにか魚《さかな》をすくっているらしいのです。
「なにか魚を捕っています。」と、わたくしは川を指して言いました。「やっぱり山女でしょうか。」
「そうだろうね。」と、夫は笑いながら答えました。「ここらの川には鮎《あゆ》もいない、鮠《はや》もいない。山女と鰻ぐらいのものだ。」
鰻――それがわたくしの頭にピンと響くようにきこえました。
「うなぎは大きいのがいますか。」と、わたくしは何げなく訊《き》きました。
「あんまり大きいのもいないようだね。」
「あなたも去年お釣りになって……。」
「むむ。二、三度釣ったことがあるよ。」
ここで黙って
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