か》んで自分の口へ入れようとするのです。わたくしは再び悲鳴をあげました。
「浅井さん。助けてください。」
 これで夢が醒めると、わたくしの枕はぬれる程に冷汗《ひやあせ》をかいていました。やはり例のうなぎの一件がわたくしの頭の奥に根強くきざみ付けられていて、今度の縁談を聞くと同時にこんな悪夢がわたくしをおびやかしたものと察せられます。それを思うと、浅井さんと結婚することが何だか不安のようにも感じられて来たので、わたくしは夜のあけるまで碌々《ろくろく》眠らずに、いろいろのことを考えていました。
 しかし夜が明けて、青々とした朝の空を仰ぎますと、ゆうべの不安はぬぐったように消えてしまいました。鰻のことなどを気にしているから、そんな忌《いや》な夢をみたので、ほかに子細も理屈もある筈がないと、私はさっぱり思い直して、努めて元気のいい顔をして両親の前に出ました。こう申せば、たいてい御推量になるでしょう。わたくしの縁談はそれからすべるように順調に進行したのでございます。
 唯ひとつの故障は、平生《へいぜい》から病身の母がその秋から再び病床につきましたのと、わたくしが今年は十九の厄年――その頃はまだそ
前へ 次へ
全34ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング