の料簡《りょうけん》次第で、この問題が決着するわけでございます。母もわたくしに向って言いました。
「お前さえ承知ならば、わたし達には別に異存はありませんから、よく考えてごらんなさい。」
 勿論、よく考えなければならない問題ですが、実を申すと、その当時のわたくしにはよく考える余裕もなく、すぐにも承知の返事をしたい位でございました。
 生きた鰻を食った男――それをお前は忘れたかと、こう仰しゃる方もありましょう。わたくしも決して忘れてはいません。その証拠には、その晩こんな怪しい夢をみました。
 場所はどこだか判りませんが、大きい爼板《まないた》の上にわたくしが身を横たえていました。わたくしは鰻になったのでございます。鰻屋の職人らしい、印半纏《しるしばんてん》を着た片眼の男が手に針か錐《きり》のようなものを持って、わたくしの眼を突き刺そうとしています。しょせん逃がれぬところと観念していますと、不意にその男を押しのけて、又ひとりの男があらわれました。それはまさしく浅井さんと見ましたから、わたしは思わず叫びました。
「浅井さん、助けてください。」
 浅井さんは返事もしないで、いきなり私を引っ掴《つ
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