しに逢って、先日見舞に来てくれた礼を述べました。
「松島君ももう全快したのですが、十日《とおか》ほど遅れて帰京することになります。ついては、君がひと足さきへ帰るならば、田宮さんを一度おたずね申して、先日のお礼をよくいって置いてくれと頼まれました。」
「それは御丁寧に恐れ入ります。」
父も喜んで挨拶していました。それから戦地の話などいろいろあって、浅井さんは一時間あまり後に帰りました。帰ったあとで、浅井さんの評判は悪くありませんでした。父はなかなかしっかりしている人物だと言っていました。母は人品のいい人だなと褒めていました。それにつけても、生きた鰻を食べたなどという話をして置かないでよかったと、わたくしは心のうちで思いました。
十日ほどの後に、松島さんは果たして帰って来ました。そんなことはくだくだしく申上げるまでもありませんが、それから又ふた月ほども過ぎた後に、松島さんがお母さん同道《どうどう》でたずねて来て、思いもよらない話を持出しました。浅井さんがわたくしと結婚したいというのでございます。今から思えば、わたくしの行く手に暗い影がだんだん拡がってくるのでした。
三
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