うな気がしましたので、ついそれきりにしてしまったのでございます。
あくる朝ここを発つときに、ふたたび松島さんのところへ尋ねてゆきますと、松島さんの部屋には同じ少尉の負傷者が同宿していました。きのうは外出でもしていたのか、その一人のすがたは見えなかったのですが、きょうは二人とも顔を揃えていて、しかもその一人はきのうの夕方松島さんと一緒に川のなかで釣っていた人、すなわち生きた鰻を食べた人であったので、わたくしは又ぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としました。しかしよく見ると、この人もたぶん一年志願兵でしょう。松島さんも人品の悪くない方ですが、これは更に上品な風采《ふうさい》をそなえた人で、色の浅黒い、眼つきの優しい、いわゆる貴公子然たる人柄で、はきはきした物言いのうちに一種の柔か味を含んでいて……。いえ、いい年をしてこんな事を申上げるのもお恥かしゅうございますから、まずいい加減にいたして置きますが、ともかくこの人が蛇のような鰻を生きたまま食べるなどとは、まったく思いも付かないことでございました。
先方ではわたくしに見られたことを覚らないらしく、平気で元気よく話していましたが、わたくしの方では
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