書記は二人のうしろ姿を見送って、幾分の嫉妬もまじっているように罵った。
 男は保険会社の社員の氷垣で、女は曽田屋の妹娘のお時であることを、わたしも知っていた。しかも「気違い」という言葉が私の注意をひいた。
「気違いですか、あの娘は……。」
「まあ、気違いというのでしょうな。」と、老いたる小使は苦笑いをしながら答えた。「東京の先生は御存じありますまいが、曽田屋のむすめ姉妹といえば、ここらでは評判の色気違いで……。今夜もあの通り保険屋の若い男と狂い廻っている始末……。親たちや兄《あに》さんはまったく気の毒ですよ。」
 私もまったく気の毒だと思った。揃いも揃って娘二人があの体《てい》たらくでは、親や兄は定めて困っているに相違ない。普通の人は単に、色気違いとして嘲《あざけ》り笑っているに過ぎないらしいが、わたしから観ると、かの娘らは一種の精神病者か、あるいはヒステリー患者のたぐいであった。みだりに嘲り笑うよりも、むしろ気の毒な痛ましい人々ではあるまいかと思われた。わたしは更に小使にむかって訊いた。
「あの姉妹はいつ頃からあんな風になったのですか。」
「二、三年前……。おととし頃からかな。」と、
前へ 次へ
全31ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング