それから連立って村の方へ出ると、お時は更に自分にむかって何処へか連れて逃げてくれという。そんなことは出来ないと断わっても、お時は肯《き》かない。無理になだめて引っ返して来ると、お時は帯のあいだから剃刀を取出して、わたしを連れて逃げるのが忌《いや》ならば一緒に死んでくれという。いよいよ持て余して、しまいには怖くなって逃げ出すところへ、あなたがちょうどに来合せたので、まずは無事に済んだのである。さもなければどういうことになったか判らないと、彼は汗を拭きながら語った。
しかし彼はお時と自分との関係に就いては、なんだか曖昧《あいまい》なことを言っていた。わたしはたって他人の秘密を探り出す必要もなかったが、この際なにかの参考にしたいという考えから、冗談まじりにいろいろ穿索《せんさく》すると、氷垣も結局降参して、実は姉娘のお政とは秘密の関係が無いでもないが、妹のお時とは何の関係もないと白状した。この白状も果たして嘘か本当か判らなかったが、わたしはその以上に追窮することを敢てしなかった。
氷垣が立去ると、入れ代って旅館の番頭が来た。これは氷垣とは違って、見るからに老実そうな五十余歳の男であったが
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