に生れ変った原因はどこにあると思います。」
 こんな問題について第六感を働かせろというのは無理である。私はだまって微笑していると、博士はまた語りつづけた。
「判りませんか。わたしにも判らなかった。実は今でもはっきりと判らないのですが……。私はその後も旅館に三週間ほど滞在していました。そのあいだにもいろいろの事件がありますが、それを一々話していると、どうしても発売禁止の問題に触れますから、一足飛びに最後の事件に到着させましょう。
 わたしは自分の仕事を終って、いよいよ四、五日中には東京へ引揚げよう。その途中、郷里へもちょっと立寄ろうなどと思って、そろそろ帰り支度をしていると、九月のはじめ、例の二百二十日の少し前でした。二日ふた晩もつづいた大風雨《おおあらし》……。一昨々年《さきおととし》の風雨もひどかったが、今度のは更にひどい。こんな大暴れは三十年振りだとかいうくらいで、町も近村もおびただしい被害でした。S旅館もかなりの損害で、庭木はみんな根こぎにされる、塀を吹き倒される、家根《やね》を吹きめくられるという始末。それでも、表の店の方は、建物が古いだけに破損が少ない。こういうときには昔の建物が堅牢であるということを、今更のように感じました。それと反対に奥の別棟、すなわち家族の住居の方は、おととしの新築というにも拘らず、実に惨憺《さんたん》たるありさまで、家根瓦はほとんど完全に吹き飛ばされ、天井板も吹きめくられてしまいました。
 風雨が鎮まると、南国の空は高く晴れて、俄かに秋らしい日和《ひより》になりました。旅館では早速に職人をあつめて、被害の修繕に取りかかったのですが、新築の別棟は半分ほども取毀して、さらに改築しなければならないということでした。あしかけ四年のあいだに二度のあらしを食ったのだから、どこの家も気の毒です。そこで、まず別棟の取毀しに着手して、天井板をはずしていると、六畳の間の天井裏から不思議な物が発見されたのです。」
 博士はなかなか話し上手である。ここで聴き手を焦《じ》らすようにまた一と息ついた。その手に乗せられるとは知りながら、私もあとを追わずにはいられなかった。
「その天井裏から何が出たんです。」
「一|対《つい》の人形……木彫りの小さい人形ですよ。」と、博士は言った。「小さいといっても、六、七|寸《すん》ぐらいで、すこぶる精巧に出来ているのです。わたしも見せて貰いましたが、まったく好く出来ているように思われました。職人たちも感心していました。木地《きじ》は桂だろうということでした。」
「二つの人形は何を彫ったのですか。」
「それがまた怪奇なもので、どちらも若い女と怪獣の姿です。」
「怪獣……。」
「怪獣……。むかしの神話にも見当らないような怪獣……。むしろ妖怪といった方が、いいかも知れません。その怪獣と若い女……。こんな彫刻を写真に撮って、あなたの新聞にでも掲載してごらんなさい。たちまち叱られます。それで大抵はお察しくださいと言うのほかはありません。実に奇怪を極めたものです。そこで当然の問題は、いったい誰がこんな怪しからん物をこしらえて、この天井裏に隠して置いたかということですが……。あなたは誰の仕業《しわざ》だと鑑定します。」
「朝鮮だとか琉球だとかいう若い大工でしょう。」と、私はすぐに答えた。
「誰の考えも同じことですね。」と、博士はうなずいた。「あなたの鑑定通り、それは西山という若い大工の仕業に相違ないと、諸人の意見が一致しました。娘たちに挑《いど》んで、親方に殴られて、それから三晩ほどは外出して、いつも夜が更けて帰って来たという。おそらく何処へか行って、秘密にかの人形を彫刻していたのであろうと察せられます。そうして、誰にも覚《さと》られないように、その二つの人形を天井裏に忍ばせて置いたのでしょう。六畳の部屋は娘たちの居間です。彼はかねてそれを知っていて、その天井裏に不可解な人形を秘めて置いたのは、娘たちに対する一種の呪《のろ》いと認められます。職人たちの話を聴きますと、自分らの大工のあいだには、そんな奇怪な伝説はないといいます。してみると、彼が他国人であるとかいうのも、まんざら嘘でもないように思われます。彼は親方の家を立去った後、鹿児島へ帰った様子もなく、その消息は不明だそうです。あるいは自分の呪いを成就《じょうじゅ》させるために、どこかで自殺したのではないかという説もありますが、確かなことは判りません。」
「そうすると、その人形があった為に、S旅館の娘ふたりは俄かに淫蕩な女に変じたという訳ですね。」と、私はまだ幾分の疑いを抱きながら言った。「そこで、その娘たちはどうしました。」
「娘たちには隠して置こうとしたのですが、何分にも大勢が不思議がって騒ぎ立てるので、とうとう娘たちにも知れました。しかしその話
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