が、中々手広い立派な邸宅《やしき》で、何さま由緒ある貴族の別荘らしく見えた。で、私が名刺を出して来意を通じると、別荘の番人が取《とり》あえず私を奥へ案内して、「あなたが御出《おいで》の事は已《すで》に主人《しゅじん》の方から沙汰がございました、就《つき》ましては此《こ》の通りの田舎でございますが、悠々《ゆるゆる》御逗留なすって下さいまし」と、大層|鄭重《ていちょう》に接《あつか》って呉《く》れたので、私も非常に満足して、主人公はお出《いで》になっているのかと尋ねると、「イエまだお出《いで》にはなりませんが、当月|末《すえ》にはお出《いで》なさるに違《ちがい》ありません」との事。それから晩餐の御馳走になって、奥の間《ま》の最上等の座敷へ案内されて、ここを私の居間と定められたが、こんな立派な広いお座敷に寝るのは実に今夜が嚆矢《はじめて》だ、併《しか》し後《あと》で考えるとこのお座敷が一向に有難くない、思い出しても慄然《ぞっ》とするお座敷であったのだ。
神ならぬ身の私は、ただ何が無しに愉快で満足で、十分に手足を伸《のば》して楽々と眠《ねむり》に就いたのが夜の十一時頃、それから一寝入《ひとね
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