リ凭懸《よりかか》ると、前の方に滑《のめ》る事がありますよ。これまでにも随分ウッカリして転げ墜《お》ちた方が幾人もあります」と聞きもあえず、私は慌てて、「そ、それは不意に墜《お》ちるのですね、シテそれは夜ですか、昼ですか」と尋ねると、女房は打案《うちあん》じて、「サア何時《いつ》と限った事もありませんが、マア闇《くら》い時の方が多いようですね、ツマリ闇《くら》いから其様《そん》な疎匆《そそう》をするのでしょうよ」と澄《すま》している。けれども、それは闇《くら》い為ばかりでない、確《たしか》に他《た》に一種の魔力が手伝うに相違ない。で、私は重ねて、「で、其《そ》の墜《お》ちた人は何《ど》うしました、死んだ人もありましたか」相手は頭《かしら》を振って、「イエ死《しん》だ方はありません、ただ怪我《けが》をする位の事です、併《しか》し今から百年ほど以前《まえ》にこのお邸《やしき》の若様が、アノ窓から真逆様《まっさかさま》に転げ墜《お》ちて、頸《くび》の骨を挫《くじ》いて死んだ事があるさうです[#「さうです」はママ]」と、聞く事々に私はおのずから胸の跳《おど》るを覚えたが、猶《なお》も透《すか》さず、「それで何日《いつ》頃から其様《そん》な事が始《はじま》ったのですね」と問えば、番人は小首をかたげて、「サア何日《いつ》頃からか知りませんが、何でも其《そ》の若様が窓から墜《お》ちて死《しん》だ後《のち》、その阿母《おふくろ》様もブラブラ病《やまい》で、間もなく御死亡《おなくなり》になったのです。で、その後も兎《と》かくに其《そ》の窓から墜《お》ちる人があるので、当時《いま》の殿様も酷《ひど》くそれを気にかけて、近々《ちかぢか》の中《うち》にアノ窓を取毀《とりこわ》して建直《たてなお》すとか云ってお在《いで》なさるそうですよ」と、何か仔細のありさうな[#「ありさうな」はママ]噺《はなし》。そう聞いては猶々《なおなお》聞逃《ききのが》す訳には往《ゆ》かぬ、私は猶《なお》も畳《たたみ》かけて、「それじゃア其《そ》の窓が祟るのだね」相手は笑って、「真逆《まさか》そういう訳でもありますまいよ、併《しか》し其《そ》の若様が変死した事については、いろいろの評判があるのです」
 噺《はなし》はいよいよ本題に入《い》って来たから、私もいよいよ熱心に、「え、それは何《ど》ういう理屈だね、何《ど》ん
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