のか。佐山君はいよいよ好奇心にそそられて、足早に司令部の門をくぐった。店の用向きをまず済ませてしまって、それからだんだん聞いてみると、大尉殿の噂はみな知っていた。時節柄そんな噂を伝えると、それから又いろいろの間違いを生ずるというので、司令部では固く秘密を守るように言い渡したのであるが、問題が問題であるだけにその秘密が完全に防ぎ切れないらしく、将校たちはさすがに口をつぐんでいても、兵卒らは佐山君にみな打明けて話した。
「狐が向田大尉どのに化けたのを、哨兵《しょうへい》に殺されたのさ。」
 佐山君はあっけに取られた。

     二

 司令部の門を出ると、佐山君と相《あい》前後して戸塚|特務曹長《とくむそうちょう》が出て行った。特務曹長とも平素から懇意にしているので、佐山君は一緒にあるきながら又訊いた。
「ほんとうですか。火薬庫の一件は……。」
「ほんとうです。」と、特務曹長は真面目にうなずいた。「わたしは大尉殿に化けているところも見ました。」
「狐が大尉殿に化けたのですか。」
「そうであります。司令部にかつぎ込んだ時には、たしかに大尉殿であったのです。それがいつの間にか狐に変ってしまっ
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