ンと水音高く、滝なすばかりに渦巻いて流れ落つる水が、この頃の五月雨に水嵩増して、ドンドンドウドウと鳴る音物すごく、況《ま》して大雨の夜であるから、水の音と雨の音の外には物の音も聞えず、往来《ゆきき》も絶えたる戌《いぬ》の刻頃、一寸先も見え分かぬ闇を辿って、右のドンドンの畔《ほとり》へ差掛ると、自分より二三間先に小さな人が歩いて行く。で、自分は足早に追付いて、提灯をかざして熟《よく》視《み》ると、年のころは十三四の小僧が、この大雨に傘も持たず下駄も穿かず、直湿《ひたぬ》れに湿《ぬ》れたる両袖を掻合せて、跣足《はだし》のままでぴたぴたと行く姿、いかにも哀れに見えるので、オイオイお前は何処《どこ》へ行くと脊後《うしろ》から声をかけたが、小僧は見向きもせず返事もせず、矢はり俯向きしまま湿《ぬ》れて行く、此方《こなた》は悶《じ》れて、オイオイ小僧、何処へ往くのか知らぬが、斯《こ》の降雨《ふる》のに尻も端折らずに跣足《はだし》で歩く奴があるものか、身軽にして威勢好く歩けと、近寄って声を掛けたが、この小僧やはり何とも云わぬ。唖か聾耳か、さりとは不思議な奴、兎も角もそんな体裁《だらし》ない風をして雨の
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