易に分別が付かなかった。
「又四郎は心の好《よ》くない者だから離縁したいと思っているが、そこには何かの科《とが》がなければならない。お前が唯少しの微傷《かすりきず》[#ルビの「かすりきず」は底本では「かすりきづ」]を負わせてくれれば可《い》い。何の相手を殺せばこそ主殺しにもなろうが、ほんの微傷を付けた位のことは別に仔細もない。妾《わたし》達が呑込んでいて何事も内分に済ませる。あんな者に一生添わせて置いては、娘が如何にも可哀想だから、お前もそこを察して……この通り、主人が手をついて頼みます。」と、お常は鼻を詰らせて口説いた。
 あんな者に添わせて置いては娘が可哀想だ……これもお菊の心を動かした。若旦那の又四郎は主人として別に不足もない。入婿という遠慮もあろうが、眼下《めした》の者に対しても物柔かで、ついぞ主人風を吹かしたことも無い。暴《あら》い声で叱ったこともない。しかしそれを若いお内儀さんのお婿として看る時にはお菊の眼も又違って、平生《ふだん》から若いお内儀さんの不運をお気の毒だと思わないでもなかった。第一に若旦那は今年三十九で若いお内儀さんは二十三だという。その時代に於ては十六も年の
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