いを残すことが無くって可《よ》うございます。」
 お熊はさびしく微笑んだ。
 引廻しの三人はそれから二日経って仕置に行われた。お菊は更に三日の後に、牢内で斬られる筈であった。たとい三日でも仕置を延ばして呉れたのは、これも上の慈悲であった。
 お熊が引廻しの裸馬《はだかうま》に乗せられた時には、自分の家から差入れて貰った白無垢の上に黄八丈の小袖をかさねて、頸には水晶の珠数をかけていた。その朝は霜が一面に白く降っていた。これから江戸中の人の眼に晒されようとするお熊が黄八丈の姿を、お菊は牢格子の間から夢のように見送った。
[#地付き](『婦人公論』17[#「17」は縦中横]年6月号)



底本:「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」河出書房新社
   2004(平成16)年1月30日発行
初出:「婦人公論」
   1917(大正6)年6月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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