ないが、お照は近来なにかの恋愛関係を生じて、それがために人知れず煩悶していたらしいというのである。そうなると、自殺の疑いがいよいよ濃厚になって来て、不具者の恋、それが彼女を死の手へ引渡したものと認められて、警察側でも深く踏み込んで詮議するのを見合せるようになった。
冬坡は何のために柳の下を掘っていたのか。又それがお照の死と何かの関係があるのかないのか。それらのことは容易に判断が付かなかったが、わたしは警部という職務のおもて、一応は冬坡を取調べるのが当然であると考えていると、あたかもその日の夕方に、町の裏通りで冬坡に出逢った。
そこは東源寺という寺の横手で、玉椿の生垣のなかには雪に埋もれた墓場が白く見えて、ところどころに大きい杉が立っていた。ゆうぐれの寒い風はその梢をざわざわと揺すって、どこかで鴉の啼く声もきこえた。冬坡はわたしの来るのを知っているのか、知らないのか、俯向きがちに摺れちがって行き過ぎようとするのを、わたしは小声で呼びかえした。
「冬坡君。どこへ行くのだ。」
彼はおびえたように立停まって、無言でわたしに挨拶した。冬坡は平生から温良の青年である。殊にわたしの俳句友達であ
前へ
次へ
全25ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング