る。彼に対して職権を示そうなどとは勿論かんがえていないので、わたしは個人的に打解けて訊いた。
「君はおとといの晩、あの弁天池のところで何をしていたのかね。」
彼はだまっていた。
「君はスコープで何か掘っていたのじゃないかな。」と、わたしは畳みかけて訊いた。
「いいえ。」
「では、夜ふけにあすこへ行って、何をしていたのかな。」
彼はまた黙ってしまった。
「君はゆうべもあの池へ行ったかね。」
「いいえ。」
「なんでも正直に言ってくれないと困る。さもないと、わたしは職務上、君を引致《いんち》しなければならないことになる。それは私も好まないことであるから、正直に話してくれ給え。ゆうべはともあれ、おとといの晩は何をしに行ったのだね。」
冬坡はやはり黙っているのである。こうなると、私も少しく語気を改めなければならなくなった。
「君はふだんに似合わず、ひどく強情だな。隠していると、君のためにならないぜ。実は警察の方では、清月亭のむすめは他殺と認めて、君にも疑いをかけているのだ。」と、わたしは嚇すように言った。
「そうかも知れません。」と、彼は低い声で独り言のようにいった。
「それじゃあ君は何か
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