ゆうべに懲りているので、夢なんぞはあてになるものではないからやめた方がいいと言って、とうとう断ってしまいました。それでもお照は思い切れないで、自分ひとりで弁天の祠へ行って、二本目の柳の下から鏡を掘出したのです。」
「鏡……。ほんとうに鏡が埋められていたのか。」と、わたしは炬燵の上からからだを乗出して訊いた。
「まったく古い鏡が出たのだから不思議です。」と、彼は小声に力をこめて言った。「お照がそれを掘出したところへ、染吉があとから来ました。染吉もまだ思い切れないので、今夜は日の暮れるのを待ちかねて、二本目の柳の下を掘りに来ると、お照がもう先廻りをしているので驚きました。どちらもあからさまに口へ出して言えることではありませんから、お互いにまあいい加減な挨拶などをしているうちに、お照がなにか鏡のようなものを袖の下にかくしているのを、常夜燈のひかりで染吉が見付けたのです。お照も早く常夜燈を消しておけばよかったのでしょうが、年が若いだけにそれ程の注意が行き届かなかったので、たちまち相手に見付けられてしまったのです。一方のお照が死んでいるので、詳しいことはわかりませんが、染吉はそれを見せろと言い、お照は見せないと言う。日は暮れている、あたりに人はなし、もうこうなれば仇同士の喧嘩になるよりほかはありません。なんといっても、染吉の方が年上ですし、お照は足が不自由という弱味もあるので、その鏡をとうとう染吉に奪い取られました。それを取返そうとしがみつくと、染吉ももうのぼせているので、持っている鏡で相手の額を力まかせに殴りつけた上に、池のなかへ突き落して逃げました。」
 お照の額の疵は氷のためではなかった。たとい氷でないとしても、それが鏡のたぐいであろうとは、わたしも少しく意外であった。
「ただ突き落して逃げたのだね。」と、わたしは念を押した。
「染吉はそう言っているそうです。御承知の通り、岸の氷は厚いのですから、ただ突き落しただけでは溺死する筈はありません。まんなか辺まで引摺って行って突き落すか。それとも染吉が立去ったあとで、お照は水でも飲むつもりで真ん中まで這い出して行って、氷が薄いために思わず滑り込んだのか。あるいは大切な鏡を奪い取られたために、一途に悲観して自殺する気になったのか。それらの事情はよく判らないのですが、いずれにしても自分がお照を殺したも同然だといって、染吉は覚悟して
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