》のためであったということが今わかりました。」
「しかし君はおとといの晩、冬坡君は夜詣りをするわけがあると言ったね。」と、わたしはやや皮肉らしく微笑した。
野童はすこし慌てたように詞《ことば》をとぎらせた。なんといっても、彼はすでに冬坡の秘密を知っていたに相違ないのである。しかしここで詰まらない揚げ足をとっていて、肝腎の本題が横道へそれてはならないと思ったので、わたしは笑いながらまた言った。
「そこで、結局どういうことになったのだね。」
「染吉とお照は一方に冬坡をいじめながら、一方には神信心をはじめました。殊にああいう社会の女たちですから、毎晩かの弁天さまへ夜詣りをして、恋の勝利を祈っていたのです。そのうちに誰が教えたか知りませんが、弁天さまは嫉妬深いから、そんな願掛けはきいてくれないばかりか、かえって祟りがあると言ったので、染吉はこの廿日ごろから夜詣りをやめました。お照も廿三四日頃からやはり参詣を見合せたそうです。すると、この廿五日の巳《み》の日の晩に、二人がおなじ夢を見たのです。」
「夢をみた……。」
「それが実に不思議だと冬坡も言っていました。」と、野童自身も不思議そうに言った。「それが二人ながらちっとも違わないのです。弁天さまが染吉とお照の枕元へあらわれて、境内の柳の下を掘ってみろ。そこには古い鏡が埋まっている。それを掘出したものは自分の願《がん》が叶うのだというお告げがあったそうです。そこで、あくる晩、染吉はお座敷の帰りに冬坡をよび出して、これから一緒に弁天さまへ行ってくれと無理に境内へ連れ込んで、一本の柳の下を掘っているところへ、あなたとわたくしが来かかったので、染吉はあわてて祠のうしろへ隠れてしまって、冬坡だけがわれわれに見付けられたのです。常夜燈を消して置いたのも染吉の仕業で、何分あたりが暗いので、そこらに染吉の隠れていることは一向気が付きませんでした。われわれが立去ったあとで、染吉が再び掘ろうとしたのですが、冬坡がスコープを持って行ってしまったので、仕方がなしに帰って来たそうです。」
「お照は掘りに来なかったのだね。」
「お照がなぜすぐに来なかったのか、その子細はわかりません。商売が商売ですから、その晩はどうしても出られなかったのかも知れません。それでも次の日、すなわち昨日の夕方に冬坡を呼び出して、やはり一緒に行ってくれと言ったそうですが、冬坡は
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