あらわれてきました。と申したら、大抵御推量もつきましょうが、それはかの清月亭のお照で、もちろん染吉との関係を知らないで、だんだんに冬坡の方へ接近してきて、これも去年の冬頃から関係が出来てしまったのです。こう言うと、冬坡ははなはだふしだらのようにも聞えますが、何分にもああいう気の弱い男ですから、女の方から眼の色を変えて強く迫って来られると、それを払いのけるだけの勇気がないので、どっちにも義理が悪いと思いながら、両方の女にひきずられて、まあずるずるにその日その日を送っていたという訳です。
 しかし、それがいつまでも無事にすむはずがありません。去年の暮に、冬坡のおふくろが風邪をひいて、冬至《とうじ》の日から廿六日頃まで一週間ほど寝込んだことがあります。そのときに染吉とお照とが見舞に来て……。どちらも菓子折かなにかを持ってきて、しかも同時に落合ったものですから、はなはだ工合の悪いことになってしまいました。どうもひと通りの見舞ではないらしいと染吉も睨む、お照も睨む。双方睨みあいで、そのときは何事もなく別れたのですが、二人の女の胸のなかに青い火や紅い火が一度に燃えあがったのは判り切ったことです。
 そこで、人間はまあ五分五分としても、お照の方が年も若いし、おまけに相当の料理屋の娘というのですから、この方に強味があるわけですが、困ったことには片足が短い、まあこういう場合にはそれが非情な弱味になります。また、染吉は冬坡よりも二つ年上であるというのが第一の弱味である上に、競争の相手が自分の出先の清月亭の娘というのですから、商売上の弱味もあります。そんなわけで、どちらにもいろいろと弱味があるだけに、余計に修羅を燃やすようにもなって、その競争が激烈というか、深刻というか、他人には想像の出来ないように物凄いものになって来たらしいのです。
 しかし、なにぶんにも暮から正月にかけては、料理屋も芸妓も商売の忙がしいのに追われて、男の問題にばかり係りあってもいられなかったのですが、正月も、もうなかば過ぎになって、お正月気分もだんだんに薄れてくると、この問題の火の手がまたさかんになりました。染吉もお照も暇さえあれば冬坡を呼び出して、恨みを言ったり、愚痴を言ったりして、めちゃめちゃに男を小突きまわしていたらしいのです。この春になってから、冬坡がとかくに句会を怠けがちであったのも、そんな捫着《もんちゃく
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