そうに積んでゆく。その桑は莚《むしろ》につつんであるが、柔かそうな青い葉は茹《ゆで》られたようにぐったり[#「ぐったり」に傍点]と湿《ぬ》れている。私はいよいよ痛切に「どうも困ります」を感じずにはいられなくなった。そうして、鉛のような雨雲を無限に送り出して来るいわゆる「上毛《じょうもう》の三名山」なるものを呪《のろ》わしく思うようになった。

 磯部には桜が多い。磯部桜といえば上州の一つの名所になっていて、春は長野や高崎前橋から、見物に来る人が多いと、土地の人は誇っている。なるほど停車場《ていしゃじょう》に着くと直《すぐ》に桜の多いのが誰《たれ》の眼にも入る。路傍《みちばた》にも人家の庭にも、公園にも丘にも、桜の古木が枝をかわして繁っている。磯部の若葉は総て桜若葉であるといってもいい。雪で作ったような白い翅《つばさ》の鳩の群が沢山に飛んで来ると湯の町を一ぱいに掩《おお》っている若葉の光が生きたように青く輝いて来る。護謨《ごむ》ほうずきを吹くような蛙《かわず》の声が四方に起ると、若葉の色が愁うるように青黒く陰《くも》って来る。
 晴の使《つかい》として鳩の群が桜の若葉をくぐって飛んで来る
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