た。
あくる日になると、ゆうべの風雨の最中に、永代《えいたい》の沖から龍の天上《てんじょう》するのを見た者があるという噂が伝わった。伊四郎はそれを聞いて、自分の見たのはいよいよ龍に相違ないことを確かめることが出来た。そのうちに、口の軽い奉公人どもがしゃべったのであろう。かの鱗の一件がいつとはなしに世間にもれて、それを一度みせてくれと望んでくる者が続々押掛けるので、伊四郎はもう隠すわけにはいかなくなった。初めは努めてことわるようにしたが、しまいには防ぎ切れなくなって、望むがままに座敷へ通して、三宝の上の鱗を一見させることにしたので、その門前は当分賑わった。
「あれはほんとうの龍かしら。大きい鯉かなんぞの鱗じゃないかな。」と、同役のある者は蔭でささやいた。
「いや、普通の魚の鱗とは違う。北条時政が江の島の窟《いわや》で弁財天から授かったという、かの三つ鱗のたぐいらしい。」と、勿体らしく説明する者もあった。
「してみると、あいつ北条にあやかって、今に天下を取るかな。」と、笑う者もあった。
「天下を取らずとも、組頭ぐらいには出世するかも知れないぞ。」と、羨ましそうに言う者もあった。
こんな
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