る屋敷の門前をしずかに行き過ぎたが、かれはその眼が光るばかりでなく、からだのところどころも金色《こんじき》にひらめいていた。かれはとかげのように四つ這いになって歩いているらしかったが、そのからだの長いのは想像以上で、頭から尾の末まではどうしても四、五間を越えているらしく思われたので、伊四郎は実に胆《きも》を冷やした。
この怪物がようやく自分の前を通り過ぎてしまったので、伊四郎は初めてほうとする時、風雨はまた一としきり暴れ狂って、それが今までよりも一層はげしくなったかと思うと、海に近い大川の浪が逆まいて湧きあがった。暗い空からは稲妻が飛んだ。この凄まじい景色のなかに、かの怪物の大きいからだはいよいよ金色にかがやいて、湧きあがる浪を目がけて飛込むようにその姿を消してしまったので、伊四郎は再び胆を冷やした。
「あれは一体なんだろう。」
彼は馬琴の八犬伝を思い出した。里見|義実《よしざね》が三浦の浜辺で白龍を見たという一節を思いあわせて、かの怪物はおそらく龍であろうと考えた。不忍池にも龍が棲むと信じられていた時代であるから、彼がこの凄まじい暴風雨の夜に龍をみたと考えたのも、決して無理ではな
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