とて再び引っ返すのも難儀であるので、伊四郎はもろもろの危険を冒して一生懸命に歩いた。そうして、ともかくも一町あまりも行き過ぎたと思うときに、彼はふと何か光るものをみた。大川の水は暗く濁っているが、それでもいくらかの水あかりで岸に沿うたところはぼんやりと薄明るく見える。その水あかりを頼りにして、彼はその光るものを透かしてみると、それは地を這っているものの二つの眼であった。しかしそれは獣《けもの》とも思われなかった。二つの眼は風雨に逆らってこっちへ向ってくるらしいので、伊四郎はともかくも路ばたの大きい屋敷の門前に身をよせて、その光るものの正体をうかがっていると、何分にも暗いなかではっきりとは判らないが、それは蛇か蜥蝪《とかげ》のようなもので、しずかに地上を這っているらしかった。この風雨のためにどこから何物が這い出したのかと、伊四郎は一心にそれを見つめていると、かれは長い大きいからだを曳きずって来るらしく、濡れた土の上をざらりざらりと擦《こす》っている音が風雨のなかでも確かにきこえた。それはすこぶる巨大なものらしいので、伊四郎はおどろかされた。
かれはだんだんに近づいて、伊四郎のひそんでい
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