う安らかに床の上に横たわっていた。急激の吐瀉でもちろん疲労しているが、もう心配することはないと医者はいった。平生が達者な質《たち》であるので叔母も元気よく口をきいて、早速見舞に来てくれた礼を言ったりしていた。伊四郎もまず安心した。
しかしわざわざ出向いて来たのであるから、すぐに帰るというわけにもいかないので、病人の枕もとで暫く話しているうちに、雨も風も烈しくなって来た。そのうちには小歇《こや》みになるだろうと待っていたが、夜のふけるにつれていよいよ強くなるらしいので、伊四郎も思い切って出ることにした。叔母はいっそ泊って行けと言ったが、よその屋敷の厄介になるのも心苦しいのと、この風雨では自分の家のことも何だか案じられるのとで、伊四郎は断ってそこを出た。
出てみると、内で思っていたよりも更に烈しい風雨であった。とても一と通りのことでは歩かれないと覚悟して、伊四郎は足袋をぬいで、袴の股立《ももだ》ちを高く取って、素足になった。傘などは所詮なんの役にもたたないので、彼は手拭で頬かむりをして、片手に傘と下駄をさげた。せめて提灯だけはうまく保護して行こうと思ったのであるが、それも五、六間あるく
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