に一面に紅い。原に沿うた長い路をゆき抜けると、路はだんだんに登り坂になって、石の多い丘の裾についた。案内者はここが百八高地というものであると教えてくれた。自動車から卸されて、思い思いに丘の方へ登ってゆくと、そこには絵葉書や果物など売る店が出ている。ここへ来る見物人を相手の商売らしい。同情も幾分か手伝って、どの人も余り廉くない絵葉書や果物を買った。丘の上にも塹壕がおびただしく続いていて、そこらにも鉄条網や砲弾の破片が見出された。丘の上にも立木はない。石の間には矢はり雛芥子が一面に咲いている。戦争が始まってから四年の間、芥子の花は夏ごとに紅く咲いていたのであろう。敵も味方もこの花を友として、苦しい塹壕生活を続けていたのであろう。そうして、この優しい花を見て故郷の妻子を思い出したのもあろう。この花よりも紅い血を流して死んだのもあろう[#「あろう」は底本では「ああろう」]。ある者は生き、ある者はほろび、或者は勝ち、ある者は敗れても、花は知らぬ顔をして今年の夏も咲いている。
 これに対して、ある者を傷み、ある者を呪うべきではない。勿論、商船の無制限撃沈を試みたり、都市の空中攻撃を企てたりした責任
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