者はある。併しながら戦争そのものは自然の勢である。欧州の大勢が行くべき道を歩んで、ゆくべき所へゆき着いたのである。その大勢に押流された人間は、敵も味方も悲惨である。野に咲く百合を見て、ソロモンの栄華を果敢なしと説いた神の子は、この芥子の花に対して何と考えるであろう。
 坂を登るのでいよいよ汗になった我々は、干枯びたオレンジで渇を癒していると、汽車の時間が迫っているから早く自動車に乗れと催促される。二時間も延着した祟りで、ゆっくり落付いてはいられないと案内者が気の毒そうに云うのも無理はないので、どの人もおとなしく自動車に乗り込むと、車は待兼ねたように走り出したが、途中から方向をかえて、前に来た路とはまた違った町筋をめぐってゆく。路は変っても、やはり同じ破壊の跡である。プレース・ド・レパプリクの噴水池は涸れ果てて、まん中に飾られた女神の像の生白い片腕がもがれている。
 停車場へ戻って自動車を降りると、町の入口には露店をならべて、絵葉書や果物のたぐいを売っている男や女が五六人見えた。砲弾の破片で作られた巻莨の灰皿や、独逸兵のヘルメットを摸したインキ壺なども売っている。そのヘルメットは剣を突き
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