刺したり、斧を打ち込んだりしてあるのが眼についた。摸造品ばかりでなく、ほん物の独逸将校や兵卒のヘルメットを売っているのもある。おそらく戦場で拾ったものであろう。その値をきいたら九十フランだと云った。勿論、云い値で買う人はない。或人は五十フランに値切って二つ買ったとか話していた。
『なにしろ暑い。』
 異口同音に叫びながら、停車場のカフエーへ駆け込んで、一息にレモン水を二杯のんで、顔の汗とほこりを忙しそうに拭いていると、四時三十分の汽車がもう出るという。あわてて車内に転がり込むと、それが又延着して、八時を過ぎる頃にようやく巴里に送り還された。

 この紀行は大正八年の夏、巴里の客舎で書いたものである。その当時、彼のランスの戦場のような、寧ろそれ以上のおそろしい大破壊を四年後の東京のまん中で見せ付けられようとは、思いも及ばないことであった。よそ事のように眺めて来た大破壊のあとが、今やありありと我が眼のまえに拡げられているではないか。わたしはまだ異国の夢が醒めないのではないかと、ときどきに自分を疑うことがある。(大正十二年十月、追記)
[#地から2字上げ](大正八年)



底本:「世界紀行
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