も見えない、犬も見えない。骸骨のように白っぽい破壊のあとが真昼の日の下にいよいよ白く横わっているばかりである。この頽れた建物の下には、おじいさんが先祖伝来と誇っていた古い掛時計も埋められているかも知れない。若い娘の美しい嫁入衣裳も埋められているかも知れない。子供が大切にしていた可愛らしい人形も埋められているかも知れない。それらに魂はありながら、みんな声さえも立てないで、静かに救い出される日を待っているかも知れない。
 乗合の人達も黙っている。わたしも黙っている。案内者はもう馴れ切ったような口調で高々と説明しながら行く。幌のない自動車の上には暑い日が一面に照りつけて、眉のあたりに汗が滲んでくる。死んだ町には風すらも死んでいると見えて、きょうはそより[#「そより」に傍点]とも吹かない。散らばっている石や煉瓦を避けながら、狭い路を走ってゆく自動車の前後には白い砂烟が舞いあがるので、どの人の帽子も肩のあたりも白く塗られてしまった。
 市役所も劇場もその前づらだけを残して、内部はことごとく頽れ落ちている。大きい寺も伽藍堂になってしまって、正面の塔に据え付けてあるクリストの像が欠けて傾いている。こ
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