ないが、なぜその火が更に大きく燃え拡がって、不幸な町の亡骸を火葬にしてしまわなかったか。形見こそ今は仇なれ、ランスの町の人達もおそらく私と同感であろうと思われる。勿論、町民の大部分はどこへか立退いてしまって、破壊された亡骸の跡始末をする者もないらしい。跡始末には巨額の費用を要する仕事であるから、去年の休戦以来半年以上の時間をあだに過して、いたずらに雨や風や日光の下にその惨状を晒しているのであろう。敵国から償金をうけ取って一生懸命に仕事を急いでも、その回復は容易であるまい。
 地理を知らない私は――些とぐらい知っていても、この場合には到底見当は付くまいと思われるが――自動車の行くままに運ばれて行くばかりで、どこが何うなったのか些とも判らないが、ヴェスルとか、アシドリュウとか、アノウとか云う町々が、その惨状を最も多く描き出しているらしく見えた。大抵の家は四方の隅々だけを残して、建物全部がくずれ落ちている。なかには傾きかかったままで、破れた壁が辛くも支えられているのもある。家の大部分が黒く焦げながら、不思議にその看板だけが綺麗に焼け残っているのは、却って悲しい思いを誘い出された。ここらには人
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