大入りであった。
 英文の印刷されたプログラムによって、その狂言がアラビアン・ナイトであることを知ったが、登場俳優はみなスマトラの原住民だそうで、なにを言っているのか僕らにはちっとも判らなかった。
 幕のあいだには原住民の少年がアイスクリームやレモン水などを売りにくるので、僕もレモン水を一杯のんで、夜の暑さを凌《しの》ぎながら二幕ばかりは神妙に見物していたが、話の種にするならもうこれで十分だと思ったので、僕もそろそろ帰ろうとしていると、一人の男がだしぬけに椅子のうしろから僕の肩を叩いた。
「あなたも御見物ですか。」
 ふり返って見ると、それはこの土地で日本人が経営している東洋商会の早瀬君であった。早瀬君はまだ二十五、六の元気のいい青年で、ここへ来てから僕も二、三度逢ったことがある。彼はもうこの土地に三年も来ているので、マレー語もひと通りは判るのであるが、それでも妙に節をつけて歌うような芝居の台詞《せりふ》は碌《ろく》に判らないとのことであった。
「あなたはしまいまで御見物ですか。」と、早瀬君はまた訊いた。
「いや、どうで判らないんですから、もういい加減にして帰ろうかと思います。」と、僕
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